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上海の風上海の文化や歴史の紹介 October 26 ひらがな息子がひらがなを書き始めた。たったそれだけのことなのに感動でなみだがこぼれた。自分でも何がなんだか分からないうちになみだが頬を伝い下りていく。悲しさか喜びかそれさえわからない。不思議ななみだ。 August 07 爸爸,妈妈在的地方就是我的家August 06 青島の風March 22 美しい人は年をとらないyou tubeで偶然,太田裕美のシベリア鉄道を見た。30年前人生の谷底にいた私を,彼女の歌声が救いだしてくれたことがあった。彼女の芸能人にしては柔らかい人柄が好きだった。20年後も彼女の魅力は衰えを感じない。 March 01 幸福的直升飞机(幸福のヘリコプター)今天早上,我要上班的时候yoyo突然说一首诗~幸福的直升飞机。听起来富有哲理。所以回家后开始写在博客上了。
幸福的直升飞机
这是一架幸福的直升飞机
抓不到它,它就飞走了。
对我们来讲,yoyo就是我们的幸福的直升飞机!
今朝出勤直前yoyoが来て突然詩を詠い出した。子どもの詩にしては深いものがあると思ったので帰宅後,早速ブログに書くことにしました。
幸福のヘリコプター
これは僕の幸福のヘリコプター
しっかり掴まえてないと飛んでっちゃうよ
僕達にとってはyoが幸福のヘリコプターだ!
December 23 yoと会えない! !一体どうすればいいのだろう。。。私は今,上海のさくら日本語学校で日本語を教えている。今までは金曜と土曜のニ日が休みだった。金曜は私がyoを幼稚園に迎えに行き,土曜は一週間で唯一YOと遊べる日だった。昨日,急に教務主任が来てこれからは土曜と日曜どちらも出勤するように言われた。今,嫁さんは朝6時頃出勤し夕方帰宅し,私はお昼12時出勤で夜9時30分頃家に着く。嫁さんは私が家に着く頃は大体寝ていることがほとんど。つまり平日はほぼ完全に擦れ違いだ。もしこれで土日出勤にでもなれば一週間で嫁さんとyoに会えるのは平日のニ日休みの3時間ほどになってしまう。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった!一体どうすればいいのだろう。。。
もしどなたかいい智慧がございましたらアドバイスお願いいたします。 December 15 2009年のカレンダーができた!-特別な場所December 06 唐詩を覚えるYO-更上一層楼!中国では子供に唐詩を暗唱させると聞いていた。嫁さんもYOによく唐詩を暗唱させている。六首もう覚えたそうだ。
この間,幼稚園でこんなことがあった。YOのクラスメートのkangkangが突然,大声で
更上二層楼
とある唐詩の一句を歌いだしたそうだ。
それを聞いたYOはすかさず
更上一層楼!
と間違いを糾して歌ったそうだ。
登鹳雀楼
王之渙
白日依山尽
黄河入海流
慾窮千里目
更上一層楼
夕日が山に沈み
黄河が海に流れ込む
もっと遠くを見たければ
もう一階上に登ればいい
最後の二句は表面的な意味だけではなく,視野を拡げたければもっと努力すればいいという言外の意味が含まれている。
YOはまだ3歳なので言外の意味どころか表面的なな意味さえ知らずにただ音を覚えているだけだがいつかこの音と内在の意味とが渾然一体となる日が来ることを夢見ている。 張先生への弔辞-登幽州台歌張先生の命日ですね。早いものです。もう5回忌です。直接会ってお話したことは数えるほどしかございませんでしたが,先生の私への影響は多大なものがあり,いまこうしてまがりなりにも普通に生活できているのも先生および南華様のおかげです。中国より先生のご冥福をお祈りいたします。 登幽州台歌 陳子昂 前不見古人 後不見来者 念天地之悠悠 独怆然而涕下 燕の昭王のような偉大な君主は)過去にもいなかったし これからも現れないだろう 高台に登り,天地の悠久なさまを見て 不遇な自分の境涯を思い自然と涙がこぼれるのだ 張先生に思いを馳せると,なぜかこの陳子昂の詩が思い出されました。先生のような素晴らしい方は過去にもいなかったし,これからも現れなぃでしょう。そのことを考えると悲しさで涙がこぼれそうです。 私にとっては先生の生前の教えを守り実行していくことが最高の先生への餞だと信じて日々精進を続けるばかりです。 見えない糸で繋がれた我々は家族であり,先生の遺児であり兄弟です。頑張りましょう。 雑記このブログを書き出した頃は在宅で翻訳を半日しかやってなかったのでほぼ毎日ブログの更新ができたのだが,今は正社員として日本語教師をやっておりさすがに以前のようにはいかなくなった。内容もイマイチという気がする。会社勤めをするとやはり醜い人間関係というものが生活の大半を占めてしまい,そんなものでこのブログを汚したくない。どうしてもブログの更新が減ってしまう。僕はこのブログに人の悪口は書きたくない。またブログを利用して何かをやるのもいやだ。そんなこんなでブログの更新が少ないがしかたがない。
これは自分から自分へのエールです。
November 24 ハロウイーンの呪い10月31日がハロウイーンだった。日本でハロウイーンなんてやったことなかったが,ピザハットやカルフールでハロウイーンの飾り付けを見てるうちにやりたくなった。といざらすで魔女が箒に乗った人形やらかぼちゃのランタンやインディアンの絵やらを買って帰り30日に我が家で飾り付けをした.。しばらくしてYOUが高熱を出しているのに気がついた。だが熱だけで具合いが悪そうにも見えないので翌日のパーティはやるはずだった。翌日になるとYOUがすごい下痢になった。急遽パーティーは取り止めにした。YOUの体調不良は11月1日になっても収まらず,今度は激しく吐き出した。4日目は救急病院に連れて行き,吐気止めの注射を打ってもらいようやく収まった。また私が出勤している間に転んで口をぶつけすごい傷ができたりもした。結局最後はハロウイーンの魔女の人形やおばけかぼちゃは不吉ということでキリスト教の信者に譲り渡すことにした。
事態が終息してからいろいろハロウイーンについて調べたら,ハロウイーンとはもともとケルト人が死者の霊を呼び出し慰めるお祭りだったことが判明。魔女の人形やかぼちゃを通じて悪霊でも入ってきたんじゃないかと思います。私は家にチベット密教のタンカやら道教の内景図やらを掛けており,そんなところにいきなりケルトの宗教的象徴を持ちこんだので今回のような現象が生じたのかもしれない。
以後,我が家でハロウイーンは禁止になりました。ちょっと残念! November 22 幼稚園の遠足で-駱宾王の詠鵞youの幼稚園の遠足で上海郊外の奉賢へ行った。大型バスを何台もかりきって一台に50人ぐらいの親,教師,園児が乗り込む。前の席の可愛い女の子がyouに話しかけてきてすごく面白かった!
目的地の桃花源村に着く。みかん狩り,驢馬車乗り,草スキー,川下り,水車遊びなどのイベントが待っている。山も湖もない上海のような都会に住んでいるせいかみかん畠に足を踏み入れただけで興奮した。草スキー場へ向かう途中の小川に鵞鳥が群棲している。思わず口からこんな言葉が転げ出た。
鵞 鵞 鵞。。。
初唐の大詩人,駱宾王の詩,詠鵞の一句だ。この一句を耳にした先生が園児たちと一緒に歌い出した.。
曲項向天歌
白毛浮緑水
紅掌拨清波
鵞鳥たちが
空に歌い
羽毛が水面に映え
真っ赤な足が波を掻き分け
この詩は駱宾王駱宾王の家を訪れた客が駱宾王に即興でつくらせたもの.。この詩で彼の神童としての名が世に知られるところとなる.。
真っ青な空に吸い込まれていく先生と園児たちの声を聞きながらすべての親たちは我が子の上に駱宾王の影を見る.。
徒然なるままに一年ぶりにブログを書こうかと思います。
いま日本語学校で働いているが場所が遠いのと主任業務をやっていることとyouの面倒を見なければならないのとでブログを書く時間さえなかった.。
今回,勤務先が五角場になり自宅に近付いたのと,また主任業務から解放されたことですこしだけだがゆとりができそうだ。
ここ数カ月ははっきり言ってノイローゼ気味だった。仕事も明らかにオーバーワークで脱殻状態。
少しづつペースを取り戻す。
October 07 YOの神様 - 乙酉太歳将祟大将軍城隍廟の中をさらに進むと太歳の神、六十柱が列んでいる。なぜ六十なのか?六十干支と対応しているからだ。六十干支とは甲子から乙丑、丙寅というふうに十干と十二支を組合せたもの。甲子園も1924年の甲子の年に創られたためこういう名前になった。早速YOの太歳を探す。YOは2005年の乙酉年生まれ。左側奥に酉年の太歳神たちが鎮座しておられた。お名前は乙酉太歳将祟大将軍。両手にそれぞれ先端に鶏の頭を象った棒を握っておられる。お隣の太歳神は御自身で鶏頭を冠っておられる。本来の厳かさと可愛らしさがミックスされて独特の雰囲気を醸し出されている。因みに私の太歳神は甲辰太歳李誠大将軍とある。竜年なので竜の被り物でも纏っておられるかと思ったが残念ながら普通のコスチュームだった。 October 06 上海の守護神-秦裕伯 十月一日から国慶節休暇に入った。いつもなら旅行に行くのだが、YOがまだ小さいため上海市内をぶらつくにとどまった。上海動物園、共青森林公園、城隍廟にYOを連れて行った。動物園には今までも数えきれないほど来ていたがどうしてもYOUに本物の虎やライオン、象を見せたかった。けど実際に虎やライオンを見たYOの反応はイマイチ冷やかだった。それよりも1元を入れて動きだすおもちゃの自動車を見て興奮してた。
森林公園に行ったのもYOに少しでも自然に触れてほしいという思いで連れて行ったのにYOはどこにでもあるような滑り台やジャングルジムに夢中になってた。
でも最後に行った城隍廟ではすごくはしゃいでいた。僕自身もいろいろな発見があって面白かった。城隍廟とはその土地の守り神を祀る神聖な場所で、ここでは元朝の頃の上海県の進士(科挙の合格者)、秦裕伯という人物が死後、上海の守り神として祀られていた。向かって右には彼の両親が、左には妻が祀られている。説明を見ると、この秦裕伯は元朝が滅びて明朝になってから皇帝の明太祖(朱元璋)により翰林院(学者などが詔勅の起草を司る官庁)に招かれたとある。彼の死後、その死を惜しんだ明太祖は
生不為吾臣、死亦衛吾土
生前我が臣下ではなかったが死して我が国を護っている
という言葉を送り、これにより秦裕伯が上海の守護神になることが決まったようだ。
YOと一緒にこの上海の守護神の前で我が一家の上海での生活の無事をお祈りりした。さらに進むと今度は関羽の像が祀ってある。右脇に彼の息子、関平が、左脇に忠義の部下、周倉の像がある。どうやら道教のこうした廟では生前において偉大な功績のあった者を神として祀る慣わしのようだ。
March 17 春の到来-白玉蘭の開花嫁さんとYOを連れてカルフールに買い出しに行った。途上の小区に白玉蘭が咲いている。実際には2月の終りに春になったと言われていたが
私は白玉蘭を見ると春の到来を感じてしまう。 February 04 方さんが辞めた方さんとは我が家のベビーシッター。9月からうちで働いてくれていたのだがこの2月に辞めてしまった。
残念だ。彼女は非常に有能で、YOをたった一人でみてくれていた。どんなにYOが泣き喚いても暴れても上手にYOの注意をそらしたりしてじつに
うまくYOの面倒を見てくれていた。今後のことはまだ話し合っていないが頭の痛い問題だ。
January 02 YOの誕生日-抓周あけましておめでとうございます
旧年中はお世話になりました
本年もよろしくお願いします
まず12月24日のYOの誕生パーティのことを書きます。この日は遠路はるばる私の両親が日本から駆けつけてくれた。そのためYOのために中国で伝統的に行なわれている抓周の儀式と日本古来の餅背負いの儀式を行なった。
抓周とは満一歳の誕生日に子どもの前にいろんな物を並べて、それを寿星(誕生日の主役)である子どもに選ばせその子の将来をうらなうというもの。中国古典文学の最高峰ともされる紅楼夢では、主人公の宝玉がこの抓周で人形を選んだのを父が見て激怒するという場面が有名だ。父親としては官吏を表す印鑑や朱肉を取ってほしかったのだろう。
さてうちで挙行した抓周では20余りの物をYOの前に並べた。テニスラケット、ラジコンカー、計算機、印鑑、中国語の辞書、現金、キャッシュカード、モノサシ、絵、香水、衣服、デジカメなどなど。それぞれが業種を象徴している。最初、YOに這わせて取りに行かせるとラケットを取ろうとしたが結局取らず最初に選んだのはラジコンカーだった。次ぎがデジカメ、それから計算機の順に手にとった。YOが何かを取ろうとするたびにギャラリーがどっと沸いた。一番ヤキモキしたのはかくいう私と嫁さんのニ人だったが。。(笑)
抓周の分析結果は将来は自動車関連業界か金融方面に進むのではないかということで落ち着いた。また選んだものが全て電子機械だったのでその方面の可能性もあるかな。まこれはおみくじみたいなもので一種の儀式にすぎない’事はいうまでもないことだけど。。
それと補足ですがいまYOは7歩ほど歩けるようになりました。また童子功のせいか胸囲が平均より3センチほど大きかったです。
December 13 上海の風を書いて早いもので1年が経った。そして同時にYOももうすぐ満1歳の誕生日を迎える。YOとともに上海の風も成長しているようだ。YOの成長はこのブログよりも目覚しいものがあり、昨日は日本語で言ったことをちゃんと分かっているようで驚いた。YOがぐずりだした時に小饅頭というマルボーロみたいなお菓子をやると泣きやむのだが、その時嫁さんがYOにマルボーロを持たせて
給妈妈
というと嫁さんにそのお菓子を渡した。凄い、と思い今度は、
じゃこれを猫にやって
と言うと
猫の書かれた絵に食べさせる素振りをした!ほかにも魚やベビーシッターにやってと試すと全部理解していた。以前は中国語しか分からないと思っていたが日本語もかなり分かるようでほっと胸をなで下ろした。最近もいろいろ忙しくブログの更新がなかなかできない日々が続いている。しかし確実にいろんな面でよくなっていっているのは確かだ。 November 22 中国のコトワザ-書中自有顔如玉先週、虹梅路を歩いていたらビラを撒いている女性からマッサージ店のパンフレットを受けとった。玉容顔生活館とある。玉容顔とは顔が玉のように美しくなるという意味だろう。そういえば中国にこんなコトワザがあった。
書中自有黄金屋 本の中にはもともと黄金の家があり
書中自有顔如玉 本の中にはもともと玉で造ったような容貌の凄い美人がいる
つまり一生懸命に勉強していればいつか豪邸に住んで凄い美人と一緒になれるよ、というような意味。玉はたまではなくぎょくと読み、宝石の一種。周囲に勉強に身が入らない人がいたらこのコトワザを教えてやればいい。
November 19 徒然なるままに-一番勇敢な人と上海蟹ひさびさの休日にYOを連れて嫁さんと外に出た。YOは人見知りが全然なくエレベレーターで見知らぬ人と乗り合わせても大きい声でエーっとか話しかけている。ほとんどの人はYOに挨拶をかえすのでここ数ヵ月で知り合いが一気に増えてしまった。同小区内でYOがちょっとした有名人になりつつある。YOの成長ぶりを
一天一個様 毎日全然違う
とある人が言ってたが本当にそう思う。
YOを連れ祥徳路を歩いていると路上で蟹が売られている。安いのは崇明島(上海)の500g16元(約270円)から、高いのは太湖(無錫)の500g88元(約1400円)までいろいろだ。大きいほど高くなる。とりあえず昆山(蘇州の手前)でとれる蟹を5匹買った。500g22元。蟹を食べるのは10月に出回りだしてからこれで7回目になるかな。以前はそれほど美味しいとは感じなかったが最近やっとよさがわかりはじめた。上手にむけるようになったことも関係しているだろう。鲁迅は蟹の奇怪な容貌から
一番勇敢な人は蟹を最初に食った人だ
と言ったそうだが、改めてよく見ると本当にそうだなと感心してしまう。もし元々蟹を食べるという習慣がなかったらけして最初にそれを食べてみようとは思わなかったにちがいない。 November 06 中国で暮らすと-石灰の詩(于謙)私はもともと長崎出身の田舎者なのだが、東京に出て来てから人間不信のようになってしまった。いま上海に住んで8年になるが仕事や趣味を通じ多くの日本人の方々と接触をもち付き合いを重ねていく過程で人間不信がさらに強くなってしまった。特に仕事において。以前、某翻訳企業で仕事をしている時も私は心を開いているつもりだった仕事仲間(N)に裏切られた。その時は別の方から非常にフォローしていただきこの方(Cさん)にはいまだに非常に感謝している。CさんによるとNはほかにもいろいろ問題行為があったそうだ。そしてCさんもこのNのいる職場では働けないとはなしていた。
石灰詠
于謙
千錘万凿出深山
烈火焚焼若等閑
粉骨砕身揮不怕
要留清白在人間
石灰が詠む
深山から掘り出され
烈火の炎に身を焼かれ
粉になるのも恐れない
この世に潔白を残せるならば
これは明の政治家、于謙の詩。彼も多くの功績を立てながら最後は皇帝により殺されてしまう。おそらく中国の日本人の中にも彼のように正直ゆえに損をしている人が多くいることだろう。そういう人たちのためにこの詩を贈ります。
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