hiroshi's profile上海の風PhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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February 16 申-上海のもう一つの名と春申君上海の別名を滬というと以前書いた(12月11日ブログ「上海ナンバー」参照)。これは元は魚を捕える道具の名前だ。上海にはもう一つ申という名前がある。そういえば上海のサッカーチーム名も申花隊と言い、また上海で申を社名の中に入れているところもよく見られる。ともにこの申にちなんでのものだ。
申の由来はやはり戦国時代にまで遡る。当時、戦国の四大公子というのがおり、その一人に春申君というのがいた。ちなみに戦国四君とは、斉の孟嘗君、魏の信陵君、楚の春申君、趙の平原君の四人。
この春申君の名前の申が上海の別名の由来という。
戦国七雄のうち、秦の勢力が最大になり、秦昭王は大将の白起を遣わし韓と魏を破っていた。秦昭王はさらに白起と韓、魏の軍隊に命じ、楚国を攻めさせようとする。その情報を未然に知った楚の黄歇(後の春申君)は一通の手紙を秦昭王に出す。
「今、天下で最強の国は秦国と楚国の二つです。もしこの二国が争えば、双方ともに傷つき疲弊するでしょう。そして我ら二国が傷ついている隙に、他の弱小国が漁夫の利を得るだけです。
詩経の大雅に
在事之初有一個好的開始、然而却很少能一直保持到終了
どんな事でも始めた頃は簡単ですが、最後まで続けるのは難しい
と言います。大王はせっかく今、韓と魏を取ったのですから、これからは占領した土地の住民に徳を施していかがでしょう。そして我が楚国と同盟を結びましょう。 」
という内容のもの。このたった一通の黄歇の手紙で秦昭王は楚国への派兵を中止する。その代り黄歇と楚国の太子完は人質として秦国に留まる。数年後、楚頃襄王が病に倒れる。黄歇は太子完に楚国の王位を継承させるため秘かに太子完を楚に逃がし、激怒した秦昭王が黄歇を死罪にしようとするも、機智で危機を免れる。楚頃襄王の死後、太子完は王位を継承し考烈王となり、黄歇を相国に任命し春申君に封じ淮北12県を与える。15年後同地は斉との国境で緊張状態にあるので江東に移り住んだ。この頃から江東(注)一帯を春申君の名にちなんで申と呼ぶようになったようだ。
駆け足での説明になってしまいました。この話は上海に関する情報として知ってて損はないかなあという程度のものです。
注:江東とは長江下流の南岸の地。今の江蘇省南部と浙江省北部。春秋戦国時代の呉越地方の古称。
February 10 華師大の美女、復旦大の漢、同済大の色狼、交通大の。。上海に来て6年半になる。最初、94年に華東師範大学に留学した。最近、ブログを書き出していろんなことを思い出した。その一つに当時の流行というか、こういう唱があったように記憶している。
师大的女孩、复旦的汉、同济的色狼团团转、交大的女孩一回头吓倒一栋教学楼
いい女なら華東師範大学、いい男なら復旦大学、同済大学はスケベがうろつき、交通大学の女性が振り向くとあまりの醜さに驚いて皆ぶったおれる
師範大学にいい女が多いというのはある程度本当らしい。よく共産党の幹部とかと師範大の女性が結婚するというケースがある。実際、僕の1年の留学経験から見ても、美しい女性が多かった。復旦のいい男というのは、この大学が全国でも上位のレベルにあることからこういう言い方ができたようだ。同済大学にスケベ。。。この言い方はつまり、この大学が建築専門大学なので女性が少ないことから言われているようだ。交通大学の女性がキレイでない、これもただ単にこの大学が理系なので学究心の強い女性が多いということを暗示しており、実際には美しい女性もいる。
これは10年も前によく大学生がくちづさんでいたもので、現在はまた新しい唱があるかもしれませんね。
February 02 財神を迎えよう-そして孔明も大晦日(先月28日)の夜、爆竹がすごいと書いたが昨晩(初四[注])2月1日も凄かった。
一体なぜ?
とか思ってたら嫁さんが
初四に爆竹を鳴らすのは財神を迎えるため
と教えてくれた。
財神とはお金の神様だ。香港在住時はほとんどの商店で祭られていたのを思い出した。そういえば最近では祥徳路でも財神を祭壇に祭っている店がちらほら見られるようになってきた。
あと香港時代、飲食店の厨房とかで諸葛孔明が祭られているのを見た。孔明は中国では料理の神様としても有名のようだ。それは孔明が饅頭の発明者とされているからだ。
三国時代、劉備の死後、孔明は劉備の跡を継いだ劉禅を補佐していた。当時、南蛮の孟獲が10万の蛮兵を率いて国境に侵入。孔明はすぐ50万の精鋭を率い征伐に乗り出す。その際、たまたま当地の住民が河神に生首を供えているのを見て心を痛めた孔明は、今後は生首の代りに饅頭を供えよと命令したという伝説がある。饅頭はその時孔明が発明したという。
大陸部ではまだ、飲食店で孔明を祭っている店は未確認だが、これから増えればなあとか思ってしまった。
注:初四とは正月四日目の意味。同様に廿九は大晦日、初一は元旦、初二は正月二日目、初三は正月三日目の意味。 December 17 孔子先生、こんにちは!先日、嫁さんと上海市中心地にほど近い文廟に行った。
文廟は孔子廟。門に行くと旅行者とおぼしき女性が門番と1元で入らせて,と押問答してる。結局,諦めて帰っていった。我々は正規のチケットを10元で購入し入場。あとでどうやらお昼ぐらいまでにくれば1元で入れるらしいと判明。なるほど。 一歩中に入って驚いたのは,なぜか古書の販売マーケットがあったから。風水や易など占いの本が目につく。なんと高島易断の古書が,しかも中国語訳。。さすが中国。なぜ孔子廟に古書マーケットがあるのかという疑問など雲散霧消してしまった。 さらに進むと孔子の銅像がある。その横に無数の心願(願い事)と書かれた紙を発見。なるほど,日本の絵馬みたいなものですね。そのうちの一つを見ると 孔子先生,こんにちは!(孔老夫子,您好!) で始まる可愛い絵馬があった。大学生活が順調に行きますように,という内容。願い事はかなったのかな,と考えながら,日本人も中国人も本当に同じなんだという思いを噛みしめた。 December 15 知識型都市ランキング 上海112位へ!14日、某大手研究機関が知識型都市ランキング を発表してた。
1位はアメリカのサンノゼ、上位20位はほぼすべてアメリカの独占。驚いたのは上海が香港の118位を抜いて112位になったこと。凄い!!
審査基準は人才資源や金融資源など多方面から行なったとある。ウーン上海やるじゃん!
ちなみに東京は23位でした。 December 11 上海ナンバー最近、例のごとく山陰路を散歩していると真っ赤なフェラーリに遭遇。ナンバープレートを見ると、沪(注参照)ナンバーだ。
上海ナンバーのフェラーリなんて珍しく、後にある保護建築物とのアンバランスが妙な味を出している。 最低賃金680元(約1万円)で暮らす人々が住む町に推定年収数百万元(約数千万円)の車がやって来た。 これもまた現代上海の象徴だ。 注:沪は滬の簡体字。本来の意味は魚を捉える道具を表わす漢字だが、BC4-5世紀頃(晋朝)の上海も意味し今でも上海の代名詞として使われる。当時の上海は漁業が主要な産業であり、彼らが作成した魚を捕える道具の形状が“滬”の形とよく似ていたためいつしか当地をこう呼ぶようになった。 |
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