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    07 October

    YOの神様 - 乙酉太歳将祟大将軍

    城隍廟の中をさらに進むと太歳の神、六十柱が列んでいる。なぜ六十なのか?六十干支と対応しているからだ。六十干支とは甲子から乙丑、丙寅というふうに十干と十二支を組合せたもの。甲子園も1924年の甲子の年に創られたためこういう名前になった。早速YOの太歳を探す。YOは2005年の乙酉年生まれ。左側奥に酉年の太歳神たちが鎮座しておられた。お名前は乙酉太歳将祟大将軍。両手にそれぞれ先端に鶏の頭を象った棒を握っておられる。お隣の太歳神は御自身で鶏頭を冠っておられる。本来の厳かさと可愛らしさがミックスされて独特の雰囲気を醸し出されている。因みに私の太歳神は甲辰太歳李誠大将軍とある。竜年なので竜の被り物でも纏っておられるかと思ったが残念ながら普通のコスチュームだった。
    06 October

    上海の守護神-秦裕伯

     十月一日から国慶節休暇に入った。いつもなら旅行に行くのだが、YOがまだ小さいため上海市内をぶらつくにとどまった。上海動物園、共青森林公園、城隍廟にYOを連れて行った。動物園には今までも数えきれないほど来ていたがどうしてもYOUに本物の虎やライオン、象を見せたかった。けど実際に虎やライオンを見たYOの反応はイマイチ冷やかだった。それよりも1元を入れて動きだすおもちゃの自動車を見て興奮してた。
    森林公園に行ったのもYOに少しでも自然に触れてほしいという思いで連れて行ったのにYOはどこにでもあるような滑り台やジャングルジムに夢中になってた。
    でも最後に行った城隍廟ではすごくはしゃいでいた。僕自身もいろいろな発見があって面白かった。城隍廟とはその土地の守り神を祀る神聖な場所で、ここでは元朝の頃の上海県の進士(科挙の合格者)、秦裕伯という人物が死後、上海の守り神として祀られていた。向かって右には彼の両親が、左には妻が祀られている。説明を見ると、この秦裕伯は元朝が滅びて明朝になってから皇帝の明太祖(朱元璋)により翰林院(学者などが詔勅の起草を司る官庁)に招かれたとある。彼の死後、その死を惜しんだ明太祖は
     
    生不為吾臣、死亦衛吾土
    生前我が臣下ではなかったが死して我が国を護っている
     
    という言葉を送り、これにより秦裕伯が上海の守護神になることが決まったようだ。
    YOと一緒にこの上海の守護神の前で我が一家の上海での生活の無事をお祈りりした。さらに進むと今度は関羽の像が祀ってある。右脇に彼の息子、関平が、左脇に忠義の部下、周倉の像がある。どうやら道教のこうした廟では生前において偉大な功績のあった者を神として祀る慣わしのようだ。
     
     
     
     
    19 November

    徒然なるままに-一番勇敢な人と上海蟹

    ひさびさの休日にYOを連れて嫁さんと外に出た。YOは人見知りが全然なくエレベレーターで見知らぬ人と乗り合わせても大きい声でエーっとか話しかけている。ほとんどの人はYOに挨拶をかえすのでここ数ヵ月で知り合いが一気に増えてしまった。同小区内でYOがちょっとした有名人になりつつある。YOの成長ぶりを
     
    一天一個様    毎日全然違う
     
    とある人が言ってたが本当にそう思う。
     
    YOを連れ祥徳路を歩いていると路上で蟹が売られている。安いのは崇明島(上海)の500g16元(約270円)から、高いのは太湖(無錫)の500g88元(約1400円)までいろいろだ。大きいほど高くなる。とりあえず昆山(蘇州の手前)でとれる蟹を5匹買った。500g22元。蟹を食べるのは10月に出回りだしてからこれで7回目になるかな。以前はそれほど美味しいとは感じなかったが最近やっとよさがわかりはじめた。上手にむけるようになったことも関係しているだろう。鲁迅は蟹の奇怪な容貌から
     
    一番勇敢な人は蟹を最初に食った人だ
     
    と言ったそうだが、改めてよく見ると本当にそうだなと感心してしまう。もし元々蟹を食べるという習慣がなかったらけして最初にそれを食べてみようとは思わなかったにちがいない。
    17 July

    蓮の思い出-漢楽府の江南

    近所の虹口公園にハスが咲き一種独特の雰囲気を醸し出している。現実感がないのは日本ではほとんど本物のハスを見たことがないからだろう。
    一番最初のハス体験は子供の頃やはり夏の暑い頃、お墓参りに行く道すがら買ったお供え用のハスを模した落雁というお菓子だ。あとは本で見た確か弥勒菩薩像が手に持っているハス。どちらも本物のハスではない。さらに仏画などでも頻繁に描かれ、また仏教説話との関連も深いようでその手の物語ではよくハスが登場したように思う。
    そのため上海に来て初めて本物のハスが群棲する様を目の当たりにした時は何とも言えない不思議な感じだったのをよく憶えている。いまだに毎年夏が来るたびハスを見るとやはりまるでそこだけ異次元と繋がったかのようで面白い。
     
         江南
     
    江南可採蓮       江南に咲くハスを摘もう
    蓮葉何田田       ハス葉が密集する中を
    魚戯蓮葉間       魚がハス葉の間を泳ぐ
    魚戯蓮葉東       魚がハス葉の東を泳ぐ
    魚戯蓮葉西       魚がハス葉の西を泳ぐ
    魚戯蓮葉南       魚がハス葉の南を泳ぐ
    魚戯蓮葉北       魚がハス葉の北を泳ぐ
     
    これも漢楽府の有名な詩。楽府とは古代、音楽を専門に管理する機関で各種の歌を集めて音楽を付けて音楽家に演奏させた。これらの歌を楽府と呼んだとある。
    江南とは長江以南の地域を指し、上海も含まれるようだ。漢代の江南に見事に咲いた満開のハスが目に浮かぶようだ。
     
    25 June

    摆地滩な人々-路上販売者たち

    最近、用があって何度か虹橋の外国人居住区に行った。ついでに寄ったカルフールで正規のDVDを売っているのを見てしまった。47人民元!マジっって感じ。路上で売られている同じDVDが13元ほど。3倍近い価格差だ!私は上海に住んで8年間で購入したのはこれら路上で売られている海賊版のみ。海賊版といっても画質も普通だしちゃんと問題なくみれる。何か中国に長く住んでいると感覚がおかしくなるかも。そういえば偽札なんて結構頻繁に見る。レジのおばちゃんも客からもらう百元札が偽札という前提でジロジロ見てる。また平気で偽札判定器につっこんでいる。もし日本だったら偽札だとわかった段階で警察に引き渡されるんじゃないかな^^
     
           江上漁者
     
                   範仲淹
     
    江上往来人
    但愛鱸魚美
    君看一葉舟
    出没風波里
     
    川岸を行き来する人々は
    美味い鱸(すずき)を味わうことしか頭にない
    誰が、漁師たちの乗る船が
    生命の危険を冒していると知るだろう
     
    路上で海賊版DVDを売る人々(摆地滩)も法律に違反しているため、いつも公安から摘発されるのを恐れている。以前、大学周辺で売っている路上販売者が仲間からの黒猫が来たという合図を受けとるや瞬間的に偽学生に変身したのを思い出した。捕まるとどうなるんだろ?罰金刑?それとも故郷への強制送還?何にしろ大変には違いあるまい。法律は守らなくてはいけないけどそれでも彼らを保護するような法律がもっとあってもいいんじゃないかな
     
     
    19 June

    中国在留邦人の自殺最多-病牛のように

    昨日インターネットのニュース見ていたら邦人の自殺が最多の国が中国とあった(2004年-2005年)。しかも上海を中心とした地域での自殺者が多いらしい。2000年は0人だったのにここ数年増加傾向にあるようだ。日本の本社から派遣される駐在員が、中華人民共和国と本社共和国の板挟みになっているとある。以前から駐在員の方々が大変というのは知っていたが今回のニュースはそれを裏付ける形になった。また自殺までいかないがノイローゼになったりホテルにひきこもりになったりというのも水面下で増えているともいう。
     
                  病牛
     
                        李綱
     
    耕犂千亩実千箱
    力尽筋疲誰復傷
    但得衆生皆得飽
    不辞羸病臥残陽
     
    広大な土地を耕やし多くの穀物を穂らせた老いた牛
    いまは老いさらばえて病んでいるが悲しむものはない
    老牛は、多くの人が腹いっぱい食べられるのなら
    老いて病み疲れても日向ぼっこできるだけで満足だと考える
     
    この詩を思い出した。一番大事なのは自分の幸福だし、幸福の第一条件は健康ということを雇用者にもわかってほしい。
    15 June

    上海の英語教育は幼稚園から-幼稚園でアルファベットが書ける

    昨日、YOを連れて小区(団地)を散歩した。最近は小区内にある幼稚園によく見学に行く。一般人が自由に見学のため入れるようだ。そのせいで2-5歳ぐらいの知り合いが増えてしまった。
     
    上海では14日から18日まで6カ国の首脳会談が開催されその関係で、企業、学校関係が休みになった。だから昨日も今日も幼稚園見学にはいけなかった。残念。そのかわり小区内で幼い子供を連れたおばあさんやおじいさんの姿が見かけられた。
     
    小区内を走っている蘇州河沿いに歩いていると幼い女の子がYOに興味を持ったのか話しかけてきた。大切そうに手に持っていたブロックで組み立てたロボットを貸してくれた。6歳という。年の割りにしっかりして頭よさそうかな。小学生かどうかきいてみるとまだ幼稚園という。しかも小班という答えに驚く。普通は幼稚園の小班は3歳ぐらいの幼児が振分けられるはずだから。
     
    嫁さんによると、おそらく彼女は外地人だろうということ。最近になって彼女の家族が地方から上海に来たばかりのためいきなり小学校に入ってもついて行けないからしかたなく幼稚園に行っているのだろうと。
     
    そういえば先日、たまたま上海最大の本屋、書城の教育コーナーで見た上海の小学1年生の英語のレベルがほぼ日本の中学1-2年レベルだったのを思い出した。たしかにあれでは地方の幼稚園に通っている子がいきなり上海の小学校に進学しても絶対ついて行くことはできないだろう。その6歳になる女の子は今、幼稚園の小班で英語の勉強をしているのかな。実際、上海では幼稚園でアルファベットの読み書きを学習する。日本の中学1年生が1学期で学ぶものを幼稚園でやっているようだ。
     
    以前、復旦大学の外国語祭に招待された際、大学生による英語劇を見ている参観者の学生たちのほとんどが同じタイミングで笑ったり反応していたのを思い出した。上海の英語レベルは非常に高い。
     
    いま日本では英語を小学校の教育課程に組み込むかどうか、時間を1時間にするかどうかで意見が分かれているようだが、このままでは確実に上海に抜かれるという焦燥感が強くなった。
     
     
     
    26 May

    上海に住む日本人4万人に-君家何処住?

    数日前、ネットのニュースで上海に住む日本人が4万人いるというのを見た。これはあくまでも統計に表れた数字で、実際は10万人いるという説もあるそうだ。いずれにしろ12年前初めて上海に来た頃と比べて急増している。当時はおそらく1万人いなかったんじゃないかな。
     
    そのせいか最近、南京路や淮海路などの繁華な場所に行くとほとんど必ずと言っていいほど日本人を見かける。若者から年配の方、男性、女性、子供、老人など様々な日本人がいる。
     
    長干曲
     
        崔颢
     
    君家何処住
    妾住在横塘
    停舟暫借問
    或恐是同郷
     
    どちらにお住いですか?
    私は横塘に住んでます
    船を停めて話しましょう
    私たち同郷かもしれませんね
     
    この詩は河上で舟に乗り移動する男女が擦れ違う際に交した会話。私は南京路で日本人と擦れ違う際にいつもこの詩を思い出す。実際に声をかけたことは一度もないのだが。。。
     
    崔颢(?-754)は唐代の詩人。横塘は南京市の西南。

    蜂のように生きる-為誰辛苦為誰甜

    以前、虹口公園で武術の練習に通っていた頃、同門に外資企業に勤めている人がいた。彼は最初、日本企業に勤めたそうだが半年で辞めたそうだ。日本企業だと仕事があってもなくても遅くまで残業をしなければいけないから、と理由をつぶやくように吐き捨てた。今はどうやら英系の企業にいるらしい。そこでは時間ではなくプロジェクト中心に仕事が進められ、仕事がなければ定時退社だがプロジェクト次第では徹夜もたまにあるそうだ。彼は英国流があってるようだ。
     
          
     
                羅隠
     
    不論平地与山尖
    無限風光尽被占
    採得百花成蜜後
    為誰辛苦為誰甜
     
    平地も山地もそこらじゅう
    見渡す限り蜂だらけ
    苦労して集めた蜜は
    一体誰のためなのか?
     
     
    羅隠(833-909)は唐代の詩人。
     
    07 May

    中国版“少年よ大志を抱け”-金缕衣

    YOがいるので黄金週も結局どこにも行かずに家で過ごした。嫁さんが妊娠してからだから1年半ほど旅行らしい旅行をしてない。せいぜい虹口公園へ散歩に出るくらいだ。公園では連休を家族とともに過ごす人々が大勢見られた。子供ができてから、他人の子供も可愛くなった。孟子の幼吾幼、以及人之幼だ。公園の側に蘭州一拉というイスラム族の経営するラーメン屋がある。ここでは10歳ぐらいの男の子が休日も関係なく皿洗いをしている。小学校には行ってないんじゃないかな。少数民族には子供を学校にやらない人も多いらしい。このイスラム族は家業のラーメン屋を継ぐのに教育は必要ないという考えかもしれない。一方、中国では富裕な都市に属す上海では富裕層の子女が高校卒業後、大学へも進学せず仕事もせず親のスネをかじりながら生活している人もいるらしい。ニートの走りですね。
     
             金缕衣
                      無名氏
     
        勧君莫惜金缕衣
        勧君須惜少年時
        有花堪折直須折
        莫待無花空折枝
     
            金キラのドレス
     
                    詠人知らず
     
     若者よ君は流行のファッションよりも
     青春の時間を大切にしろ
     花があるうちに花を摘め
     花が落ちてからでは遅いのだ
     
    これは有名な唐詩です。まるで唐の時代から時間を超えて現代の日本の若者に呼び掛けているようですね^^ 
     
     
     
    06 May

    春色満園関不住-虹口公園の梅園で

    さきほど虹口公園で心意拳の練習をした。連環拳を2回打った。連環拳は心意拳の中核をなす十大形という十種の動物をモデルにした技を繋いだ型。連環拳をやると非常に気持ちがいい。
     
    その後、公園内を散歩する。公園で私が唯一入ってない場所の梅園に差しかかった。ここだけは有料なので金を払ってまで入る気になれないでいる。梅園を通り過ぎしばらく行くと梅園の横の柵から園内の植物が顔を出しているのを発見!これはおそらく薔薇科の植物か。園内に収めきれず飛び出したとでも言った感じだ。
     
                       遊園不値
     
                             葉紹翁
     
            応憐履歯印蒼苔
            小扣柴扉久不開
            春色満園関不住
            一枝紅杏出垣来
     
    友人を訪れる途上、木下駄の跡が苔に刻まれた
    門を叩いても誰も出ない 
    園の中は春の花が満開なのだろう
    垣から真っ赤な杏子の花が一輪覗いている
     
    今頃の季節はどこでも同様の光景が見られるでしょうね。
     
     
     
     
     
     
    21 April

    推普員の女の子

    数日前から4カ月になる息子のYOがセキをしはじめた。一旦セキが始まると連続して止らない。まるで喘息のようだ。私は若干パニクッてしまい、一昨日の早朝、YOを連れて病院に行った。診察結果はただの鼻炎だった。ホッと胸を撫で降ろした。ついでにYOが生まれた時からある顔の皮膚病も診てもらうことにした。同じ病院の中の皮膚科で座って待っていると、小学3年生ぐらいの女の子を連れた女性が我々の後に並んだ。嫁さんがその女の子を見て
     
    你是推普員呀!
     
    あなた推普員なの!
     
    と言っている。顔を赤らめる女の子。よく見ると、その子の胸に推普員と書かれたバッチがついている。意味は、中国の標準語である普通語を広める活動をする者という意味だと嫁さんが教えてくれた。そんなのがあるなんて初めて知った。
    嫁さんが今度は女の子の母親に
     
    你的女児是推普員呀!
     
    あなたのお嬢さん推普員なんですね!
     
    と話しかけたが、母親はポカーンとして自分の娘が推普員ということを知らない様子だ。
     
    おそらく小学校で普通語推奨運動のような活動を行なっていて、その子は先生から命じられるか投票か立候補かで推普員になったのだろう。名前から見ると、周囲の人たちに積極的に普通語を使うよう働きかける義務でもありそうに見えるが自分の母親さえ、彼女が推普員だったことを知らないところから見て、どうやら熱心な活動家とは言えないようだ。母親は40歳ぐらいだが普段は上海語を話していると思う。
     
    不思議なのは最近、新聞などでは、上海語を話せない子供が増えていると警鐘を鳴らす記事をたびたび報道しており、じゃ一体、普通語を普及させるのが大事なのか、それとも上海語を残すことが急務なのかと尋ねたくなる。要するにどちらも話せるようになってほしいんでしょうね。難しいけど。
     
     
    16 April

    初ライチ登場!-楊貴妃はなぜ笑う?

    昨日、住んでいる小区(団地)の門の前で初ライチが売られていた。緑と赤の混ざった皮を剥くとミズミズしい白い果肉が現れる。甘酸っぱくて美味しいライチが大好きだ。いつもあればあるだけ一気食いしてしまうほど。ただ気をつけないと中医学では熱に分類されるライチ、食べ過ぎると上火(ノボセ?)という状態になり顔中デキモノができたりするようだ。
     
    近所のカルフールで売られているものは妃子笑という品種。妃が笑うとは面白い。この妃とは楊貴妃(楊玉環)を指している。以前は本当の意味を知らず、中国四大美人の楊貴妃が笑うとはいい名前だなあ、とか食べれば美人になるという意味かなとか勝手に想像していたが実際は全く逆のようだ。
     
     
                     過華清宮
     
                              杜牧
     
                   長安回望繍成堆
                   山頂千門次第開
                   一騎紅埃妃子笑
                   無人知是荔枝来 
     
         骊山から眺めた長安(今の西安)はまるで絹を何層も重ねたように美しい
         その長安で山頂に到る無数の門が次々に開いていく
         その中を馬が一騎駆けし、楊貴妃が笑う
         皇帝が楊貴妃のために取り寄せたライチが届いたと知る者はいない
     
    唐の玄宗皇帝は楊貴妃を寵愛していた。南方の特産物ライチが長安に着く頃は新鮮ではなくなっているため、ライチが大好物の楊貴妃のために玄宗帝は馬を何騎も乗り継がせ遠い南方の地から新鮮なライチを取り寄せたという。玄宗は楊貴妃を喜ばせることしか頭になく、国家の大事を疎かにしたため間もなく唐が滅びてしまう。杜牧はこの詩で玄宗の愚かさを諷刺している。
    中国は果物の名前にまで歴史が生きていた。
     
    13 April

    詠むと学生が大喜びする詩-杜牧の山行

    嫁さんは上海の高校で国語を教えている。華東師範大学を卒業してからだからすでに6年。一応ベテランになるようだ。一昨年は3年生の担任を受持ち、大学受験の準備などでかなり大変だった。学生や学生の家長(保護者)から毎日のように電話がかかって来た。卒業後の進路を含む受験相談のためだ。
     
    3年生の担任は大変だが、その代り給料は上乗せされる。ただ妊娠してからは2年生の担任に変った。妊婦に3年生の担任というハードスケジュールは耐えられないから。
     
    私が最近、寝室で就寝前に詩を朗読しているのを聞き嫁さんが吹き出した。それは杜牧の山行という詩。
     
                         山行
     
                                   杜牧
     
          遠上寒山石径斜
          白雲生処有人家
          停車坐愛楓林晩
          霜葉紅于二月花
     
                    山を行く
     
          秋、曲がりくねった小道に沿って山を登る
          霧の中に人家があり
          車を停めたのは、楓が林を成す夕方の風景が好きだから
          霜が降りた楓の葉は二月の鮮花よりも赤い
     
    これは杜牧が秋口の夕方に山に登り赤くなった楓が林を成す風景を愛でるという、そういう内容。嫁さんに何が可笑しいのか聞くと、どうやら授業で学生にこの詩を教えるといつも必ず学生たちが笑い出したのを思い出したようだ。というのは第三句目の坐愛(zuo4  ai4   坐って愛でる)の発音が、現代中国語の做愛(zuo4  ai4  性行為)と同じ発音だからのようだ。
    なるほど、この詩を現代中国人が聞くと、杜牧が人気のない山の中で車を停めて秘かに房事に耽けった怪しい詩に様変りするわけだ!
    いくら天才の杜牧でも、まさか坐して愛でるという言葉の発音が将来の中国で性行為(做愛)の発音と同じになるとは思わなかったろう。
     
    注:杜牧(803-853)。晩唐の詩人。詩は豪放、艷麗、洒脱。杜甫に対し小杜と呼ばれる。
    12 April

    中国公認の日出る処-日本

    以前、留学生時代に日本語学校で日本語を教えていた。当時の教え子が今月結婚するらしい。時の移り変りを感じる。彼女はいいとこのお嬢様で、私が教えている頃(2002年)はものすごく日本に留学したがってたが、いろいろ満たすべき条件があり、難しかったらしく諦めたようだ。その後しかたないのでスイスに留学しホテルサービスを学んだらしい。当時はそれだけ日本留学希望者が多く、競争が激しかったようだ。おそらく状況は今でも変っていないと思う。
     
    今でも留学を希望する中国人は多い。嫁さんの同僚も数学の教師をやりながら英語を勉強しGREという英語留学テストに合格しアメリカ留学を果した。普通、中国人はアメリカやヨーロッパなどへの留学を第一希望に考え、日本は第二希望としているという。それでも中国人の若者と話していると日本への強い憧れを感じる。
     
                 送日本国僧敬龍帰
     
                            韦荘
     
               扶桑已在渺茫中
               家在扶桑東更東
               此去与師誰共到
               一船明月一帆風
     
               日本の僧、敬龍の帰国を送る
     
     
     果てしなく広がる大海の日出る処にあるという扶桑国(今の日本)
     あなたの家はそんな扶桑国のさらに東にあるという
     あなたは誰と帰るのですか?
     明月と風と共に
     
    この詩は唐の韦荘が日本人の僧侶の帰国を送る別れの詩。扶桑とは、山海経に太陽が升る国と記載されている。そういえば聖徳太子が隋の楊ダイに、日出る処の天子、書を日没っする処の天子に致す。つつがなきや。という手紙を送り、楊ダイが自国を日が没する国と言われ憤慨したというエピソードがあるが、その割りには後世の唐の人々は日本を扶桑(太陽が升る国)と言っている。不思議だ?!
    日本って古代も現代も変らず中国人の憧れの地のようだ。
     
    扶桑は現代中国語ではハイビスカスという意味もあるらしい。
              
     
     
    11 April

    劉禹錫の張り裂ける心-現代中国の賃金格差

    先日、以前私が勤めていた某企業の同僚から電話があった。彼は日本から派遣されて上海に来ていたのだが任期が終わり帰国することになったようだ。送別会をやるので出てほしいという。私は仕事で忙しいため断った。
     
    私の在社当時も送別会や歓迎会が頻繁に行なわれていたのを思い出した。ほとんど毎月か2カ月に1回のペースではなかったか。会社が挙行するその手の宴会は豪華絢爛で、初めての宴会で生まれて初めて魚翅(フカヒレ)を食べたのを憶えている。しかし思ったほど美味しくなかった。子供の頃、初めてカズノコを食べた事を思い出す。これも周りが言うほど美味しくなかったから。記憶が曖昧だが熊の掌というのも食べたような気がする。とにかく当時はありとあらゆる御馳走を食べた。
     
    唐の時代、高官から宴会に誘われた刺史(州長官)の劉禹錫。劉禹錫はテーブル上に並べられた御馳走や名酒、皇宮で流行の高雲髷というヘアースタイルに髪を結った踊り子たちを見ても、彼女たちが唱う《杜韦娘》を聞いてもどこか浮かない様子だった。自分の管轄下の江南の庶民たちの悲惨な生活を思い出したからだ。宴会の主催者は劉禹錫に酒をふるまい詩を詠うように要求する。劉禹錫はひとしきり想いに沈んだ後、高らかに最初の二句を詠い出した。
                             
     
                   高髷雲鬟宮様粧
                   春風一曲《杜韦娘》
     
                   流行の高雲髷を結った踊り子たちが
                   春風のような《杜韦娘》を唱う
     
    宴会に参加している賓客たちも主催者も一斉に  好!(素晴らしい)と叫ぶ。しかし劉禹錫が詠った後半の二句は
     
                    司空見慣浑閑事
                    断尽江南刺史腸
     
                    司空(高官)は贅沢な生活に慣れて腐り切り
                    江南の刺史である私の心は張り裂けそうだ
     
    主催者は最初の二句を聞いた時、劉禹錫が自分におべっかを使っているとさえ思ったのに、後半二句を聞いて実際は諷刺の詩だったと知る。
     
    沿海部と内陸部、日本人と中国人の賃金格差が大きい現代中国に、この詩がまるでジグゾーパズルのようにピタリと当て嵌まった。
     
     
                  
     
                     
     
                                      
    09 April

    虹口公園でカゴの鳥を見て-欧陽修の画眉鳥

    先日、虹口公園に行った際、公園の奥の一角でたくさんの鳥篭が樹木に掛けられているのを見た。もちろん中にはいろんな小鳥が入っている。いろいろなさえずりがその狭い一角にこだましている。
    しかしこれを見て私が連想したのは欧陽修の詩だ。
     
                          画眉鳥
     
                                      欧陽修
     
                  百囀千声随意移
                  山花紅紫樹高低
                  始知鎖向金篭聴
                  不及林間自在啼
     
    画眉鳥が自由気ままに飛び交いながらさえずる声が無数に響き
    山上にはいろとりどりの花が咲いている
    だが鳥篭に入れられている画眉鳥の鳴く声は
    林の中を自由に飛び交っているあの画眉鳥たちはには及ばない
     
    この詩は北宋の詩人、欧陽修が朝廷から滁州に飛ばされ地方官をした時に詠んだもの。地方に来る前、朝廷にいた頃の不自由な自分を鳥篭の中の鳥に重ねている。鳥を飼った事はないのだが、個人的にはやはり鳥篭で鳥を飼うのは賛成しない。やはり自然のものはできるだけ自由にさせてやりたい。篭で鳥を飼うあの老人たちはこの欧陽修の詩を聞いてどう思うのだろうか?
    ちなみに現代中国語で篭子鳥(long2 zi  niao3)(カゴの鳥)と言えば、金持ちに囲われている愛人のことを指します。 
     
     
                  
                    
    08 April

    虹口公園の柳-賀知章のハサミ

    最近は公私にわたり変化が激しく、振り回されブログが書けなかった。珍しく書かない日ができてしまった。まいっか!今後は不定期になるかもしれない。
     
    今日は初めて嫁さんといっしょにYOをベビーカーに乗せ、虹口公園に散歩に行った。気温がやや高く、少し汗ばむ感じだ。じつは嫁さんはすでに何度もYOと散歩に来たことがある。その時はいつもYOは覚醒した状態で全然寝ないそうだ。だが今日は公園に入るとすぐに寝入ってしまった。この状態がほぼ散歩の全過程続いた。嫁さんは父親がそばにいるからYOが安心し切ったせいと分析している。なるほど。そういえば私もYOが家にいないとすごく落ちつかないことに気がついた。私は結構我慢強いほうなんだけど、YOがそばにいないのには耐えられない感じだ。じつは今はYOを近所に住む父母の許に預けているため、あまり会うことができなかった。おそらく近日中にはまた我が家に戻ると思う。
     
    ベビーカーを推していると行き交う人がよくベビーカーの中のYOを覗き込んでいる。まるで以前の自分を見ているようだ^^面白い。
     
    公園の中央に位置する大きな池の辺に柳が揺れている。日本時代は柳を見て思い出すのはせいぜい幽霊ぐらいだったが今はハサミを連想した。
     
                               咏柳
     
                                         賀知章
     
                碧玉妆成一樹高
                万条垂下緑丝绦
                不知細葉誰裁出
                二月春風似剪刀
     
                翡翠のような柳の葉で柳の樹を飾り
                無数の緑の袋が垂れ下がる
                いったい誰が葉をこんなに細く裁断したんだろう
                ハサミのような二月の春風の仕業かも
     
    ここでいう二月は旧暦の三月頃でちょうど今の時期と重なっている。
     
    賀知章は唐朝で玄宗に仕えた官僚だった。楊貴妃と毎日、楽人が奏でる音楽を聞き過ごしていた玄宗はいつしかその歌詞に飽きてしまう。新しい歌詞を探していた玄宗に天才詩人、李白を推薦したのが賀知章だった。
     
     
     
    06 April

    徒然なるままに-現代中国女性観

    さっき夜の散歩から帰った。虹口公園の門前から四川北路を下り、また戻った。人通りが多い。美しく着飾った女性たちが歩いている。彼女たちの装いは一見して日本の女性のそれとよく似ている。ファッション誌や日本のドラマの影響でも受けたのだろう。ファッションの手本は日本のものが圧倒的に多いようだ。たまに見た目だけでは日本人か中国人か見分けがつかないこともあるほどだ。
     
    不思議なことに男性の場合はそれほどファッションに気を遣う者は多くないように感じる。やはり女性の方が周囲の影響を受けやすく、柔軟性があり、環境に適応する力が強いのかもしれない。そのためファッションモデルさながらの出立ちの女性と一見して野暮ったい男性のアンバランスなカップルをよく見かける。
     
    しかしこれはあくまでも外見上に限られる話で、たまたまそのアンアンなどのファション雑誌から抜け出して来たような女の子が友人と立ち話しているのを聞くと話の内容よりも話し方やそぶりからすぐに日本人でないことが見て取れた。むしろ外見がファッショナブルなだけにそのギャップが際立って感じられた。
     
    逆に、日本語が話せて、日本の文化を学び、日本の精神を理解している中国の女性もおり、彼女たちは一見は中国人のようだが実際は日本人以上に日本人のようだったりして驚くことがある。意識的に日本を理解することにより、もともと日本人である、ということを凌駕してしまうのだろうか。
    05 April

    紙銭を売る女性-マクドナルド前で

    今朝、マクドナルドで朝食を済ませ外に出ると紙銭を売っている。珍しい。そういえばたまにお寺とかでも売っていたようだ。葬式の時に、この紙銭を燃やすことで、死者が死後の世界でこの紙銭を使えるという道教の考え方だ。地獄の沙汰も金次第という感じで現実的な中国人らしい。1束5元(約75円)というので買ってみるとなんかおもちゃのお金のようだ。冥通銀行、天地銀行などと書かれている。人物は玉皇大帝だ。天界の支配者。
     
    そういえば少し前、私の住むこの棟で葬式があったけど、凄い大きな音のする楽器を2時間ぐらい奏で続けて、日本の葬式の湿っぽい感じとは正反対だった。景気よく死者をあの世に送ろうという意味だろう。
     
    紙銭を売るこのお年寄りとマクドナルド、それに紅葉のようなこの植物で一幅の絵のような風景ができていた。