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    July 08

    皇帝の文章論-曹丕の典論 論文

      子供の頃から三国志が好きだった。NHKの人形劇に始まって、横山光輝氏の漫画や吉川英治の小説まで三国志から受けた影響は大きい。
      中国に住み始め、中国語が身につき、中国語で古典作品などを読むようになり三国志の新しい一面に気づき始めた。
      小説や横山氏の漫画からは冷徹で残虐な人物という印象しか受けなかった曹操に文学者としての顔があったこと。また彼の息子たちも同様に文学の才能があり、彼らは三曹と呼ばれるほどの優れた文人でもあったことなど。
      曹操の後を継ぎ魏文帝となった曹丕。漫画では鼻の下にナマズ髭を生やした憎めないオジサンという感じだったように記憶している。その彼に名文として名高い文章論があったのでご紹介したい。
     
         典論   論文(一部)
                       曹丕
     
    蓋文章、経国之大事、不朽之盛事。年寿有時而尽、栄楽止乎其身。二者必至之常期、未若文章之無窮。是以古之作者、寄身于翰墨、見意于篇籍、不仮良史之辞、不托飛馳之勢、而声名自伝于後。
     
    文章とは国家を治める上で重要な役割があり、永久に色褪せる事のない輝かしい事業なのだ。人はいつかは死ぬし、栄華や富貴も儚いものだ。これら二つのものは有限のものであり永久に存続していく文章には及ばない。だからこそ、古来文章を書く者は全てを執筆活動に投入し、思想や感情を文章で表し、歴史家や権力者に頼らず、名声は自ずと後世に伝わるのだ。
     
    当時(魏晋)は文学の自覚時代とも言われている。文学が独自の発展を始めただけではなく、文学理論、文学批評においても空前の進歩があり、文学の地位、作用、表現技巧などが重視されだした。
    そしてこの曹丕の典論中にある論文は文学批評史上において中国で初めて文学の地位、作用、特徴などにつき論じた文章だ。後世の文学理論、文学批評、へ与えた影響はきわめて大きい。まさに不朽の名作といえよう。
    現代日本では芸能人、議員に限らずとかく批判のたえない二世だが、曹丕の場合は正真正銘の実力があったことが分かる。ちょうど劉備の息子の劉禅がどうしようもない無能だったのと対照的だ。
     
    ちなみに中国には扶不起的阿斗というコトバがあります。意味は劉禅のようにどうしようもない奴という意味だそうです^^阿斗とは劉禅の幼名です。
     
    May 14

    仮相と実相の狭間で-踊るクマさん

    まもなく生後5カ月を迎える息子のYO。あやす時はYOのベッドの上から吊しているクマさんが回転するおもちゃを使う。わけもなく泣き出した時は私がこの小グマをつかんで小グマが生きているかのように見せかけ
     
    YOちゃん、こんにちはあ!
     
    とか小グマの声色で話しかけると泣くのを止める。そして小グマをつかんだ手の小指を伸ばしてYOに握らせ握手すると、YOは興奮してはしゃぎ出す。どうやら本物のクマと握手したと思っているようだ。いつまでこの騙しが通用するか分からないが今はこれで十分騙せる。
     
    たとえそれが本物のクマでなくてもYOの喜びは本物だ。毎日これを繰返しているうちに突然、じつは我々の幸せもこれと同じようなものではないのかという思いが沸き上がってきた。何が本当の幸せか知ることよりもどんなことでも幸せと感じることができるならそれで十分じゃないのか?我々が求めているものも実際は作られたものかもしれない。真実を知らずに幻の世界を楽しむことも大事なのではなかろうか?
    May 05

    指導の重要性-韓愈の説馬

    私自身の心意六合拳の学習の過程で新人への指導を求められ、自己の学習と指導の両立という普偏的なテーマに直面しました。中国古代にこれと相通じる文章があったので紹介します。唐の韓愈の説馬(馬を語る)という文章です。
     
                                韓愈
     
                                説馬
     
     
       世有伯楽、然後有千里馬。千里馬常有、而伯楽不常有。
     
       伯楽がいて初めて千里馬(1日に千里を走るほどの名馬)が見つけられるのだ。千里馬はいつの時代にもいるものだが、それを育てることのできる名調教師(伯楽)はいつの時代にもいるとは限らない。
     
    という冒頭の有名な文で始まる。
     
    そのため名馬はたくさんいるのに、平凡な飼育人の手により苦しみ、最後は厩舎の中で虚しく死んでいき、千里の馬として知られることもない。
    千里馬は1日に米1石を食べる。だが平凡な飼育人はその馬が千里馬と知らないため、普通の馬として育てる。この馬は千里馬の才能がありながら十分に食べることができないため、勝れた体型を作ることもできず、普通の馬のように成長することもままならず、どうして千里を走ることが期待できようか!
    今、飼育人は自己が千里馬を持っているとも知らず、その千里馬を思い通りに調教できず、十分な栄養を与えることもしないで力を発揮させようとするため、馬は哀しく嘶き自分が千里馬だと叫んでみるが、飼育人はその意味が分からないため、馬の乗る時はただ鞭を馬にくれるだけで[世の中に千里馬はいないのか!]とか言っている。ああ!世の中に千里馬がいないのか?それとも彼に千里馬を見る目がないのか?
     
    韓愈は千里馬と伯楽の譬えを借りて、人の才能を見抜き、才能を育て、才能を使うことの大切さを説いた。現代においても冒頭の一文がよく引用されるのは普偏性があるからだろう。心意拳の指導の際、いつもこの韓愈の文章が脳裏を掠める。自分に指導の能力があるかは分からないが、できるだけ凡庸な飼育人にならないようにするしかない。
     
    注:韓愈(768-824)。唐宋八家のひとり。柳宗元とともに古文復興をとなえ、韓柳と並称される。
     
     
     
    April 28

    鏡の力-映すとは水も思わず

    育児書には4カ月ぐらいの赤ちゃんに鏡を見せると、鏡の中に別の赤ちゃんを抱いたお母さんを見てジェラシーの炎を燃やすとか書いている。鏡の中の赤ちゃんが自分とは気付かないからだ。早速昨日玄関の姿見で試して見た。結果は育児書に書かれていることとは全然異なり、YOは逆に鏡の中の赤ちゃんに笑いかけ手を差し伸ばした!
     
    鏡は中国の昔話では照魔鏡と言われ、美しい女性を鏡に照らすと実は妖怪と判明したとかいう話が多い。グリム童話シンデレラでは魔女が鏡に世界一の美女は誰か問いかける。日本でも三種の神器のひとつは八タ鏡で洋の東西を問わず鏡は神聖なものとされている。そして真実を照らし出す働きがあるとされている。つまり鏡には知の象徴としての特性が備わっているようだ。それも普通の知ではなく一点の曇りもない透明な知だ。
     
    そういえば武術でも新陰流に、
     
    映すとは水も思わず、映るとは月も思わず
     
    という水月という歌訣がある。これなども心から迷いや邪念を除き、鏡のように透明になった時は自分は何もしなくても自然に相手の動きが分かり、その様はまるで月が鏡に映る状態のようということだろう。
     
    古代人は鏡や水のような冷静な心を保つことで事象の真相を映し出すことができると考えた。玄関の姿見に映った優しいYOの姿が真実であればいいな。
    April 26

    白紙のブログ-白紙の経典(西遊記)

    ここ数日、ブログを書かなかったのは時間がなかったわけではなく、書きたいことがなかったのでもない。むしろ書きたいことはあるのだが書くべきではない部類に属する話なので書けなかった。
     
    いつもブログには本当に自分が強く感じていることを書いている。いやそれしか書けないというべきか。だから今回は書かなかった。
     
    書けないまま、今まで4カ月も書き続けてきたブログを読み返していた。12月、1月、2月。。。4月22日までほとんど途切れずに続くブログ。まるで突然そこにポッカリと穴がが開いたようだ。白紙のブログという言葉を思い付いた。この白紙のブログ、白紙ゆえに字があるよりも雄弁に私の気持ちを表しているような気がした。
     
    西遊記では孫悟空、猪八戒、沙悟浄の3人が三蔵法師を護りながら最後は無事に天竺に着き、目的だったお経をもらい受け帰途に着く。その途上、偶然そのお経が白紙だったことに気付く。怒った一行は如来に詰め寄る。如来は
     
    其実此白本、也是無字真経、只是你们不能看懂罢了
     
    じつはこの白紙のお経も無字の本物のお経なのだ。ただお前たちはまだ読めるレベルにないだけだ
     
    と答え、字があるお経を一行に手渡す。これはいろいろな解釈ができるが、要するに唐から天竺へという一通りの修行プロセスを終えた一行だが、まだ修行が終ったわけではないという暗示でもある。形のある修行を終えた一行はこれから形の無い修行に入る必要があることの示唆でもある。
     
     
    April 22

    中国のトマスモア(ユートピア)-陶淵明(桃花源記)

    以前、中国のユートピア思想の淵源を詩経の碩鼠と書いた。ユートピア思想の流れはその後、発展し六朝の陶淵明の桃花源記として花開く。桃花源記は日本でも知られているようで、たしか怪奇漫画家の諸星大二郎氏が作品の中で紹介されているのを見たように記憶している。
     
                           桃花源記
                                        
                                         陶淵明
     
    晋の時代、武陵に住む漁師が波に流され見知らぬ場所に迷い込む所から物語が始まる。
     
    忽逢桃花林、夾岸数百歩、中無雑樹、芳草鮮美、落英缤紛
     
    そこは突然、桃の花の林が始まり、それは岸をはさんで数百メートルも続き、一本の雑樹もなく、芳ばしく美しく、咲き乱れていた
     
    漁師は非常に驚きながらも、さらに前進すると桃の花の林が終る。そしてここが渓流の源流になっていたと知る。そこには山があり山の麓に小洞があった。漁師がその小洞に入ると。。。
     
    初極狭、才通人。復行数十歩、豁然開朗。土地平広、屋舎儼然、有良田美池桑竹之属。阡陌交通、鶏犬相聞。其中往来種作。男女衣着、悉如外人。黄発垂髷、並怡然自楽。
     
    洞は非常に狭く人ひとりがやっと通れるほど。数十歩も進むと突然明るくなり別世界が現れた。田圃が拡がり、美しい池もあり、住居は整然とし、桑の樹や竹林が並んでいる。小道は整備され鶏や犬の鳴き声がのどかに響く。その中を老若男女が行き来している。人々の服装は外の世界と同じ。皆、本当に楽しそう。
     
    彼らは漁師を見つけると酒席を設け非常に歓待し、お互いに色々な事を尋ね合う。どうやら彼らは秦の暴政を逃れるためにこの山奥に村を作り生活しており、驚いたことに漢は勿論、魏も晋も知らないという。漁師が帰る時に
     
    不足為外人道也
     
    外の人にここのことを話してはいけません
     
    と口止めするも漁師は家に着くと当地の太守に報告する。その後太守とともにその桃花源を探索に行くも見つけることはできなかったという。物語はここで終わる。
     
    陶淵明は実際には存在しない桃花源を描くことにより、理想世界を追求すると同時に、濁って腐りきった現実世界を否定している。完全に近いほど整備された社会で暮らす幸せな人々を描くことを通じ、当時の腐った社会を痛烈に批判している。これはトマスモアが空想的社会小説ユートピア
    で、理想の社会に生きる人々が非人間的でロボットのように描かれているのとは対象的だ。トマスモアはユートピアを描くことで、理想社会の実現の難しさを指摘した。だからこそユートピア=存在しない国という名前をつけた。しかし同時に存在しない国を提起することで、より現実的な今より少しだけ理想に近い国の実現を我々に教えようとしたように思う。そういう意味ではモアに陶淵明と本質的には同質のものを感じている。
     
    注:陶淵明(365-427)。下級貴族の家に生まれ、不遇な官途に見切りをつけ41歳で故郷に隠棲する。
    トマスモア(1477-1535)。英国の人文主義者。
     
     
     
    April 21

    月の女神·嫦娥と京極夏彦

    中国の外文書店で日本の本を買うと航空輸送費用が加算されるためか日本の店頭価格の3倍近くになるようだ。そのため中国に来てから日本書の読書量が減ってしまった。
     
    以前、日本に戻った時、友人の家で京極夏彦の姑獲鳥の夏が置いてあるのが目に止った。内容が濃く読むのに時間がかかりそうだと思ったのと妖怪が好きなのとで友人からもらって中国に持って帰った。読んで見て驚いたのは、妖怪が最後まで現れなかったこと。作者は姑獲鳥という妖怪は、昔の日本で不妊症の女性が無意識のうちに他人の子供を盗み殺してしまう現象と解釈しているようだ。(もし違ってたらすみません)すごく面白い!
    この京極夏彦氏にはこの他にも、狂骨の夢とか、絡新婦の理などの作品があるが、すべて妖怪を昔の日本社会の暗黒面を象徴的に現しているとしているようだ。これらの作品はミステリーに分類されるのかな。民俗学やら深層心理学やら神話学、宗教学の知識が満載で作者の博識ぶりが遺憾なく発揮されている。
     
    京極夏彦氏の影響を受けてか、最近、中国の古典を見てても、これはひょっとして古代中国の暗黒面の象徴か?なんて考えてしまう。
     
                                   嫦娥
     
                                         李商隠
     
                            雲母屏風燭影深
                            長河漸落暁星沈
                            嫦娥応悔偷霊薬
                            碧海青天夜夜心
     
                            雲母でできた屏風に蝋燭が影を落し
                            銀河も淡くなり星も落ちていく
     嫦娥は不死の仙薬を盗み飲み自分だけが仙人になったことを後悔しているに違いない
    毎夜、果てしない海を前にして
     
    嫦娥は古代中国の伝説の美女。彼女は夫である後羿の仙薬を盗み一人で飲んでしまう。その結果、仙女になり夫を人間界に残して一人で月宮に升ってしまう。李商隠はこの詩でたとえ一人で月宮に升っても淋しくて毎日人間界や人間界に残して来た夫や友人のことを思い物思いに沈むはずと詠っている。
     
    これなんかは京極夏彦流に読み解けば、美しい女が上流階級へのコネを見つけ、あっさり夫を捨てて上流の生活を始めてはみたもののそんなに楽じゃなかった、ということを言いたいのではないかと思ってしまう。
                           
    April 18

    徒然なるままに-ヨガと太極拳

    中国ではよく路上で違法VCDが売られている。風呂敷のような布の上にVCDを数十枚広げて販売している。仲間から一旦、黒猫(警察の隠語)が来たという合図があるとあっという間に風呂敷を抱えて走り出す。その手際の良さは天下一品だ。
     
    昨日、虹口公園前の路上VCDを見るともなしに見ていたらやたらヨガのVCDが目につく。そういえばミクシーで知合った人も上海でヨガをやっていると言っていた。どうやら中国ではヨガが流行っているらしい。確か日本でも数十年前流行が始まりいまでは定着しているという。
     
    ヨガは本来は結合、集中を意味するサンスクリット語で、紀元前の頃には静坐や瞑想により悟りを開くという意味だったという。アクロバティックな姿勢を取るヨガはハタヨガと呼ばれ13世紀に現れた。本来は悟るための長時間の静坐に耐えられるだけの肉体を作る、いわば補助でしかなかったハタヨガが今では世界的にもメインのヨガになった。
     
    これはちょうど太極拳が本来は武術だったのに、二十世紀に入って慢性病治療に卓効があることが分り当時の結核患者や高齢者を中心にまたたくまに普及し、今では世界で一番普及している中国武術(実際には武術とは言えないが)と言われている状況とよく似ている。
     
    本来の武術としての太極拳は理解し体得するのが極めて困難だったが、健康法に変貌を遂げたことで爆発的に普及した。おそらく本来のヨガも一般人には難しかったため補助の健康法の部分のみが今に伝わっているのだろう。
     
    だが太極拳の真伝を今に伝える人が少数ではあるが存在するように、本来のヨガを伝える人もいるはずだ。
     
     
    March 12

    テレビドラマ「神雕侠侶」いよいよ始まる!-黄暁明、劉亦菲

    金庸の新作テレビドラマ神雕侠侶が近日始まる!製作開始の頃からこの日をずっと待っていた。
     
    金庸作品の中でも好きなものの一つだ。神雕侠侶は射雕英雄伝の続きもので、楊過と小龍女の恋物語だ。全真教という道教の巨大門派も登場する。楊過黄暁明という若手俳優が、小龍女劉亦菲が演じる!
     
    いつも思うけど金庸作品は登場人物が異常に多い。神雕侠侶もかるく100人ぐらいいるんじゃないかな。それに邪教集団数奇な過去を持つ天才武術家少数民族外道武術武術の秘伝書などが絡みあって壮大な世界が構築されている。
     
    日本の宮本武蔵と比べてみると、日本人はコンパクトにまとまったストーリーを好むように感じるけど、中国人はとにかく内容が多くて賑やかなほうが好きみたいだ。
     
    金庸作品について書かれた詩を紹介します
     
    飛雪連天射白鹿
    笑書神侠倚碧鴛
     
    雪が降り続く中、白鹿を射る
    笑いながら書くのは、神のような武侠の自由自在な生活だ
     
    これは表の意味で実際は、この十四文字の一つひとつが金庸の十四作品のタイトルの頭文字になっている。
    狐外伝   山飛狐   城訣   龍八部   雕英雄伝   馬嘯西風  鹿鼎記
    傲江湖   剣恩仇録   雕侠侶  客行   天屠龍記   碧血剣   鴦刀
     
    おまけで、今持っている天龍八部の後に、ジェットリー(李連傑)が金庸に贈った言葉があったのでそれも載せます。
     
    中国武術博大精深、而融汇于創意超奇的武侠世界里、各式奇技武学更令人嘆為観止、是現実中的点綴。
     
    広くて深い中国武術が、創意に満ちた武侠世界の中に融け込み、各種の優れた武技は人をして感動せずにはいられない。
     
     
     
     
    March 10

    易-古典と占いと哲学と

    四川省からYOの面倒を見てくれるために岳父母が来ている。先日、YOの運命がいいかどうか四川省の占い師にみてもらったそうだ。結果は大官(高い地位)と出たという。占いの結果より、共産主義の国であり文革を経験してきた中国にまだ占いが残っており、信じている人がいることの方に驚いた。嫁さんによると、占師は盲人が多いらしい。その占師も目が見えないという。
     
    そういえば94年に華東師範大学に留学した際、裏手にある長風公園によく遊びに行った際、ベンチに座っているとどこからともなく乞食のような人が来て頼みもしないのに人相を見はじめたものだ。いまでも路上には大道芸人みたいな占師がそこらじゅうにいる。
     
    中国思想にも易というのがある。日本でも有名なのに高島易断というのがある。
     
    いろんな易を見ているうちに、易には3種類あることに気がついた。
     
    一、易経(古典)
    二、易占(占い)
    三、易学(哲学)
     
    易経とは、周の時代に書かれた書で、内容は当時の人々の生活や文化が詳しく記されている。台湾などでは易経は占いの本というよりも当時の生活様式や文化の記録書として研究されているようだ。ただ易経の一部とされている十翼は後生において付け加えられたもので厳密には易経とは言えない。
    易占とは、漢の時代に京房が、易経からそれまでの儒教的な教えの部分を排除して、すべてを記号と法則により理解し解釈する占い方法。中国で易占というとすべてこの京房易になる。別名、断易、漢易ともいわれる。
    易学とは、宋の時代に易の記号を利用して発展した一種の哲学のこと。
     
    ちなみに、日本の易占は易経の中の文章を選び、その文章により吉凶を判断するという、いわゆる周易というのが幅をきかせている。高島易断もこの周易のようだ。周易だと、ある文章を吉にも凶にもどのようにも解釈できてしまう曖昧さがある。本来の京房易だと記号により計算をして出すので吉は吉、凶は凶とはっきりしてわかりやすい。
     
    私見ですが、冒頭で触れた大陸の占いは民間で流布していたもので、明の宰相である劉伯温などが伝えた高度なものとは全然異なり、レベルがかなり低いようです。皇室などで伝承されたものは今ではやはり香港や台湾にしか残ってないようです。
     
     
     
    February 18

    西遊記の謎-魯迅の間違い?

    20数年前、中国で西遊記の作者についての議論が沸騰したことがあった。
     
    1983年末、復旦大学の章培恒教授は自らの百回本西遊記は本当に呉承恩が書いたのか?(百回本西遊記是否呉承恩所作)という論文において、呉承恩が西遊記を書いたことに異義をとなえた。。
     
    西遊記が書かれた明の時代から1920年代までの約300年間、西遊記には著者名の記載がなかった。各種刊本には朱鼎臣編集とか、華陽洞天主人校とあるだけで著者名の記載がないか、または丘処机(丘長春)撰とあるだけだった。
     
    胡適も西遊記序(1921年)において西遊記は、明朝中葉以降に無名の小説家が書いたとしている。ただその後胡適は鲁迅から資料をもらい、西遊記考証の中で、鲁迅の西遊記呉承恩作者説を支持している。
     
    つまり1920年代に鲁迅が突然、西遊記の作者は呉承恩との主張を開始するまで、西遊記に作者名の記載はなかったという。
     
    鲁迅の根拠は、淮安府志(天啓著)の芸文志(巻十九) の1、淮賢文目の中の以下の記載
     
    呉承恩:射陽集四冊、春秋列伝序、西遊記。
     
    だ。
     
    章培恒教授は、これに対し淮安府志(天啓著)で書かれている西遊記には巻数も回数も記載がなく、また内容の説明もなく、この資料だけで、呉承恩の西遊記が百回本西遊記とは断定できないと鲁迅に反論している。また書名が同じ別の本が中国には多く存在し、西遊記という書名は非常にありふれていて、同時代の安国にも西遊記という同名の著作があると付け加えた。勿論、内容は全く異なるとしている。
    また清初の著名な蔵書家、黄虞稷千頃堂書目の巻八、史部地理類に
     
    唐鶴征南遊記三巻、呉承恩西遊記、沈明臣四明山遊籍一巻
     
    とあり、このことから章教授は、呉承恩の西遊記はごく普通の旅行記でしかなかったと主張する。
     
    僕個人としては、章培恒の方に分があるように思われる。また現在でも中国国内に同氏の賛同者は多いようだが、本屋で売られる西遊記には依然として呉承恩著と書かれている。一度形成されてしまった観念を覆すのは簡単ではなさそうだ。
     
     
    注:百回本西遊記とは小説の西遊記で、孫悟空や猪八戒が出てくるものです。
     
    今回の内容は華東師範大学中文系研究所の陳大康研究所長の論文の翻訳に私が手を加えました。
     
    着色機能に障害があり、見苦しくすみません。
     
     
     
     
     
     
    February 06

    紀效新書と戚継光の詩

    子供の頃、中国武術研究家の松田隆智氏の書かれた本が好きで、氏の書かれた書は全部読破した。おそらく本格的に日本に中国武術をもたらした功績は大きいのではないのかな。
     
    最近、新刊拳遊記が出たので早速、読んでみた。懐かしいの一言。松田氏についてはいろいろ悪く言う人もおり、僕はその辺のことは全然分らないのでコメントは差し控えるが、僕が15歳頃から読み続けて来た氏の本をまた読めたというだけですごい感動した。最初に読んだ本はサンポウブックスの太極拳入門。最後に読んだのは魂の芸術。じつに十数年ぶりに氏の新書を読めたことになる。
     
    いま中国に住み、中国語を習い、改めて氏が著作の中で取り上げた武術古典などを開いてみるとまた違った見方ができて面白い。陳氏太極拳図説(陳鑫)もこちらでは42元(約600円)で手に入る。中国語として読むことで確かに昔よりは深い意味が分かるのだが、本当の意味は修行があるレベルに達っしてないと分からない。僕は心意拳をまだそれほどやってないので、武術の技術論や深い哲理の解釈はできない。ただ自分が感じた徒然を書いていくだけだ。
     
    紀效新書という古典武術書がある。これは明の戚継光という大将軍の著作。当時、沿海地区で頻発していた倭寇を征伐するために、中国全土の武術を集め研究した精華がこの本に収められている。翻子拳も八閃翻という名前で載っている。多くの名拳が綺羅星のごとく掲載されている。技術論や哲理は多くの方が自著で発表されているので僕は戚継光の詩を紹介したい。
     
                                 馬上作      戚継光
     
                            南北駆馳報主情
                            江花辺草笑平生
                            一年三百六十日
                            都是横戈馬上行
     
                                馬上で        戚継光
     
                            皇帝の恩情に報いるため、中国を南から北まで走り廻った
                            揚子江のほとりの草花がそんな私を笑っている
                            一年三百六十五日
                            毎日、武器を持ち馬上で戦争に備えていた
     
    この詩からは倭寇を討つため戚継光がいかに努力したかが見てとれる。努力の甲斐あって倭寇の征討は無事成功した。そしていま倭の子孫である僕たちが、戚継光の紀效新書に記載のあるような名拳を習っている。面白い^^                       
     
                         
     
     
     
     
     
     
     
     
    January 21

    夜のカルフールとマックスウエーバー

    夜、窓からカルフールの赤いマークが見える。カルフールはここから一番近い大型スーパーだ。中国に来たばかりの頃、スーパーが夜10時までやってると知り驚いた。昔、日本の西友がたしか6時半か7時には閉まってたように記憶してる。
     
    夜のカルフールを見るたびに思い出すのは、マックスウエーバーだ。彼は多くの自著の中で、儒教キリスト教の比較を通して、ヨーロッパが発展し中国が立ち遅れたのは、キリスト教に資本主義精神があり、儒教にはそれがなかったからだ、という意味のことを主張している。資本主義精神とは合理思想、勤勉、奉仕と定義付けている。
     
    当時、マックスウエーバーから見た中国人は勤勉に見えなかったのかもしれないが、夜10時まで営業するカルフールを見ると、中国人は勤勉だなあとしみじみ感じてしまう。1980年頃に始まる邓小平の改革開放政策で、それまで共産思想でガンジガラメになってた中国人の本来の姿が表れたということだろう。
     
    中国が発展できなかったのは、資本主義精神の欠除ではなく、やはり民主の欠除のせいか。意思決定のまずさが中国の足を引っぱっているようだ。一部の人間が独断専行的になんでも決めてしまうことが発展を阻害する一番の原因で、儒教には合理思想、勤勉、奉仕など資本主義的精神はむしろあふれていると思う。
     
    写真は部屋から見た夜のカルフールです
     
    January 01

    新年(丙戌)を迎えて

    新年あけましておめでとうございます!
    本年もよろしくお願い申しあげます。

    今年の干支は丙戌

    丙とは元々、テントの帳(とばり)の入り口の象形文字です。帳を開くと陽光が差し込むことから太陽という意味で使われるようになったようです。

    今年、皆さんが太陽のように発展されることをお祈り致します。
     
     
     
     
     
     
    注:漢字源(学研)で丙を調べると、机や人の足がぴんと張ったさま、[解字]。とありますが、これは[説文解字]というAD100年頃に許慎により書かれた字典による説明です。1899年に甲骨文字が発見され、[説文解字]による字義の誤りが多く発見されたようです。甲骨文字は殷代(BC1600!~1100)に使用された文字であり、それをAD100年の人が研究するのは無理があったようです。
    December 17

    周易とGDP

    内閣府は先月、GDPが成長を続けていると発表。喜ばしい。
     
    中国ではよく地方政府がGDP成長率を多目に中央政府に報告するというニュースを夏頃見たのを思い出す。
     
    GDP成長率が直接地方官吏の昇進に影響があるかららしいが,このため国際的には中国の経済指標の信用はガタ落ちのようだ。まもともと信用なかったのが裏が取れたということでしょうが。
    周易は西周(BC1100~BC256)に書かれた中国最古の書籍。内容は当時の国民や支配者の生活状況を克明に記している。その中に

    豊 亨 王仮之勿憂宜日中

    という一句がある。
    意味は

    豊作だ。供えよう。だがこれは王が民に心配させないよう適切な日に旗を立て演出したものです。

    ということ。

    2000年前も現代も人って本当に変らないなと思う。
    December 10

    藁の犬

    中国が好きで,中国古典が好きで中国に住んでますが,好き(?)な言葉に

    [天地不仁,以万物為芻狗]([老子道徳経])

    があります。意味は,

    もともとこの世界を司さどる者(神?)は非情な存在(冷たい奴)で,人も物もすべての物をまるで藁で作ったイケニエの犬のようにしか思ってない

    ということです。
    最近いろんな人の生きかたを見るにつけ,なんでこんな良い人がこんな目に遭ってんだろうとか,こんな優しい人がこんな酷い目に遭うなんてと考えるうちに急に以前,学んだこの言葉が思い出されました。
    この何千年も前の昔の人間がつぶやいたこの言葉は真実なのか?